学生・若手研究者のための特許 基礎編
科学研究を行ったうえで、その成果が重要であるほど重みを増す特許。その基礎の基礎についてちょっと知っておきましょう。
特許をとるとどんなメリットがあるのでしょうか
特許権はひとつの財産権といえます。権利者が独占排他的にその発明を生産、使用、譲渡等(これを特許法では「実施」と呼んでいます)ができる権利です。ロイヤリティを受け取って他人にその発明を実施させることもできます。 さらに、他人が無断でその発明を実施する場合は、特許権者は、その実施を差し止めたり、損害賠償を請求することができます。
特許権は何年有効ですか
特許として保護される期間は、出願の日から原則20年です。
そもそも特許の対象となる発明とは何ですか
特許法にいう発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいいます。
発明の種類には次の3種類があります。
1. 物の発明 (たとえばある装置の発明)
2. 方法の発明 (たとえばあるタンパク質の測定方法)
3. 物を生産する方法の発明 (たとえばある薬品の製造方法)
なお、コンピュータプログラムは厳密には自然法則を利用しているわけではありませんが、特許法により保護が明文化されています。
共同研究で行っているのですが、全メンバーに特許権が成立するのですか
特許を受けることができる者は、発明者です。したがって、発明が共同でされたときは共同全員が発明者であって特許を受ける権利も共有となり、共同発明者全員で特許出願をしなければいけないのが原則です。
もっとも、共同発明者と共同研究者はイコールではありません。あくまでも実質的に創作に関与したかどうかで決まります。したがって補助者(データをまとめただけの人)や管理者(助言しただけの人)は発明者に含まれません。この点研究に携わった全員の氏名を列記する研究論文とは異なります。
ただし、いったん成立した権利を譲渡することはできますから、契約や協議で誰に帰属するかを定めることはできます。特に委託研究や大所帯の共同研究などの場合は権利の帰属をあらかじめ明確にしておくことが重要です。
発明者であれば学生でも出願できますか。研究室として特許を出願することができますか。
学生であっても、出願できます。ただし学生が未成年者の場合、特許法上手続能力がないものとされるので、出願には父母などの成年者を法定代理人として立てる必要があります。
他方、研究室のような団体自身は人間のように発明することはできないので、発明者として出願はできません。ただしその団体が法人格を有しており、そのうえで発明者たる個人から特許を受ける権利を譲り受けた後ならば、その団体は承継人という地位で出願することができます。
しかし、研究室は通常、法人格を有していないので出願はできないと思われます。
特許出願の前に、特に注意すべき点は何でしょう
いくつかありますが、ここでは特に3点を説明します。
・まず特許は早い者勝ちということです。(先願主義)同じ発明ならば1日でも早く特許庁に出願した人が資格を持つことになります。
・第2に出願前に事前調査を必ず行うようにしましょう。特許出願全体を通しての費用は結構ばかになりません。その発明が他人がすでに出願していた場合、その費用が無駄になってしまいます。まずは特許庁の「特許電子図書館ホームページ」http://www.ipdl.jpo.go.jp/homepg.ipdlにアクセスしてみるといいと思います。
・第3に、特許を受けるためのはその発明に新規性が要求されます。
特許法第29条は、特許出願前に、日本国内又は外国において
1、公然知られた発明
2、公然実施された発明
3、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明、は、いずれも新規性を失う旨定めています。
重要なキーワードとして「公然」とは、秘密を脱した状態をいい、知っている人数の大小ではなくその人が守秘義務を有しているかいないかが決め手となります。したがってたとえ大勢の前で発表してもそのメンバーが全員守秘義務を有しているのなら公然にはあたりませんが、一人に発表しても、守秘義務を有していないならば公然にあたります。
「知られた」とは、技術的に理解されたことを意味します。
「電気通信回線を通じて」とは、データベースやインターネット上でという意味です。
学会発表もしてはいけないのですか
特許を受けようと考えている場合、出願前には学会発表といえども避けるべきです。原則として学会発表は「公然知られた」もしくは「公然実施された」にあたり新規性を失ってしまいます。過去にそうした実例もあります。
ただし特許法第30条に定める一定の要件を満たした場合に限り、例外的に新規性は失わないものとされますが、あくまでも特別の救済規定にすぎないのだと考えてください。
特許申請の大まかな流れを教えてください
ごく概略を説明すれば、特許権を付与されるためにはその発明について、まずは?@特許出願を行うとともに、その出願について?A一定期間以内に出願審査の請求をし、?B特許料を納めて設定登録する必要があります。
?@特許出願
ここが出発点です。
まず、出願するには、「願書」、「特許請求の範囲」(14年法改正で独立した書面となった)、「明細書」、「図面」(図面は任意)、「要約書」という5種類の書類を特許庁に提出する必要があります。特許庁によれば現在では出願に占めるオンライン手続の割合は98%だそうです。
方式審査
特許庁に提出された出願書類は、所定の書式通りであるか形式審査を受けます。
?A審査請求
審査請求料を払って出願審査の請求をします。審査請求は、出願から3年以内であれば、いつでも誰でもすることができます。出願から3年以上経過しても審査請求がされない出願は、取り下げられたものとみなされ、以後特許は与えられません。
実体審査
出願された発明が特許されるべきものか否かが判断されます。審査においては、まず、法律で規定された要件を満たしているか否か、すなわち、拒絶理由がないかどうかを調べます。
?B設定登録
特許査定が下されれば、出願人が特許料を納め特許原簿への登録後、特許権が発生します
特許はお金がかかると聞きました
特許庁に対して以下の金額を納付する必要があります。過度に消極的になる必要はありませんが、それに見合った価値があるか、事前に検討した方がいいと思います。ここでは代表的な項目のみ示しますので、手続の際は特許庁に確認するようにしてください。
料金名
出願料
金額 16,000円 適用時期 H16.4.1以降の出願から
審査請求料 168,600円+4,000円×請求項数 H16.4.1以降の出願から
特許料
(第1年から第3年まで毎年)
2,600円+200円×請求項数
(第4年から第6年まで毎年)
8,100円+600円×請求項数
(第7年から第9年まで毎年)
24,300円+1,900円×請求項数
(第10年から第25年まで毎年)
81,200円+6,400円×請求項数
H16.4.1以降に審査請求を行う出願について納付すべき特許料から
(特許庁ホームページより抜粋引用)
なお弁理士に手続きの依頼をする場合の手数料・報酬については、地域、出願内容にもよりますが、日本弁理士会ホームページにアンケート結果が公表されています。
青色発光ダイオードの判決が話題になりましたが、どういうことなのでしょうか
従業員の発明が特許法35条の職務発明とされた場合、その従業員は、特許権を会社(使用者)に承継(譲渡)することになり、「相当の対価」を請求する権利があります。特許法では、相当の対価について「使用者の受ける利益と発明の貢献度を勘案する」と定めていますが、「どれくらいをもって相当といえるのか」という具体的な基準がありません。
青色発光ダイオード(LED)の一件では、N社が従業員時代のN・S氏に支払った対価が2万円であった一方、青色発光ダイオード実用化後は同社が売り上げを3倍以上に伸ばしたという経緯があります。そこで「ノーベル賞級の発明」と言われる青色LEDの開発者であるN・S氏が、青色LEDの製造装置に関する特許について、N社を提訴したものです。
第一審である東京地裁判決は、N・S氏の発明は高輝度青色LED及びレーザーダイオード の製造のための GaN系半導体結晶膜を成長させるに当たって決定的な役割 を果たす技術であったと認定しました。
そして同特許によるN社の得た利益とは、特許権の取得によりこの発明を実施する権利を独占することによって得られる利益(独占の利益)を意味するものであると解釈し、それを1208億円と計算しました。そしてN・S氏の貢献度を50%と認定し、N・S氏の貢献度50%を乗じた604億円を発明の相当の対価と算定しました。本件ではN・S氏の請求額が200億円だったため、その請求の限度で満額の支払を命じました。
この判決のあと、第二審の東京高裁の和解勧告を受け入れ両者の間に和解が成
立しました。
東京高裁の和解勧告の要旨は次のとおりです。
- N・S氏のN社に在職中すべての職務発明の特許を受ける権利の譲渡の相当の 対価に関する将来の紛争含めた全面解決を図ることが双方にとってきわめて重 要な意義があること。
- 相当の対価は従業者の発明へのインセンティブとなるのに十分な額であるべ きだが同時に、企業が経済情勢や国際競争に打ち勝ち発展することが可能とす るものであるべきこと
- 裁判所としてはN・S氏の関わった職務発明全体としての貢献度の大きさを 95%とし、「これまでに前例のないきわめて例外的なものとして高く評価する もの」であること
としたうえで、在職時のすべての職務発明の特許を受ける権利の譲渡の相当の対価として8億4000万円(利息含む)で和解が成立しました。
自分の発明が製品化されたらよいと考えているのですが
アイデアを公募している企業は多数ありますから、アクセスしてみるとよいでしょう。その際に重要なことは、必ず特許出願だけはすませたのちに応募することです。
これは第三者によってせっかくのアイデアを盗作される危険があることと、そもそも応募することが新規性を失うことを意味することになり特許拒絶の理由になってしまうからです。
権利化や研究成果の実用化のために支援してもらえるような機関はありますか
独立行政法人科学技術振興事業団(JST)や、各地の承認TLO(Technology Licening Organization =技術移転機関) にアクセスしてみるとよいでしょう。また日本弁理士会では無料の特許相談を行っています。
実用新案とはどのようなものですか
実用新案とは、いわゆる小発明を保護する制度です。アイデアの保護及び利用を図るという趣旨は特許制度と共通しますが、特許と異なり保護対象は物品の形状、構造または組み合わせにかかるものに限定しています。
具体的には、鉛筆の発明は特許ですが、それを転がりにくくするために六角形にすることが物品の形状に関する考案であり、CD付きラジオ等は組み合わせに関する考案です。
特許のような高度性は要求せず、一定の要件さえ満たせば実体要件の審査を行うことなく早期に登録を行う点で特徴があります。
特許と共通点も多いですが、存続期間は特許よりも短く、出願から10年です。したがって、一般的にライフサイクルの短い商品に実用新案が活用されています。なお、実用新案申請件数はピーク時の約7分の一に減少しているようです。
(番外)東京特許許可局はどこにあるのですか
そのような公的機関は実際には存在しません。